外科的矯正治療 7.術後の入院管理
手術後にあごの骨がずれるのを防ぐため、傷口の縫合が終わったあとに口が開かないように針金で上下の歯をしばること(顎間固定)があります。
以前はすべての手術で行っていましたが、最近は顎間固定をしない場合もあります。
顎間固定は数日から数週間まで様々で、骨と骨の止め方、後戻りのしやすさ、かみ合わせの管理の仕方に合わせて期間を決めていたりします。
顎間固定中は口を開けることができませんので、栄養補給、吐き気のコントロール、出血のコントロール、呼吸の管理などについて細心の注意を払って管理します。
顎間固定を解除した後はゴムやチンキャップを使用して、あごが後戻りしないようにコントロールします。
また、顎間固定中にあごの動きが悪くなっているので、顎間固定解除後は口を開ける練習を行います。
傷口に血が溜まらないように、手術後1~2日間傷口にドレーンを入れて血を吸い出します。
あまり出血しなくなってくるとドレーンを抜きます。
手術室から出てきた後は、水分のコントロールとして、点滴と尿管カテーテルがついた状態になっています。
出血の量、点滴で入れた量、尿として排泄された量を見ながら体の管理を行います。
尿管カテーテルは手術翌日くらいに抜きます。
栄養補給は、術後数日は鼻から胃に入れたチューブで流動食を採ることになります。
術後数日して、傷口がある程度良くなり、口から栄養が取れるようになると、奥歯と頬の間の隙間から流動食を採るようになります。
顎間固定を解除したあとは、おかゆから始めて、少しづつ無理をせず、普通の食事に変えていきます。
手術後の痛みは数日は座薬の痛み止めなどでコントロールしますが、大体は数日で痛み止めが我慢できる程度に治まってきます。
手術後は顔が腫れます。
腫れる人はかなりパンパンに腫れます。中にはあまり腫れない人もいますが。
腫れているころは、痛みもあり、体もつらく、精神的に少しきついでしょうが、腫れは時間とともに落ち着いてきます。
手術後1~2日ほど冷やしながら患部を圧迫し、その後さらに数日は冷やさずに圧迫を継続してなるべく腫れないように管理します。
手術後の感染予防に抗菌薬を投与し、口の中の汚れは水流で洗い流します(ウォーターピック)。
手術後に唇の感覚が鈍くなったり、しびれが出ることがあります。
多くは数ヶ月以内に改善するのですが、長引く場合もあります。
しびれの解消にビタミン薬の服用することが多いです。赤外線照射、レーザー照射などを行うこともあります。
顎間固定を解除し、傷口がある程度落ち着き、抜糸ができるようになり(最近では吸収する糸を使って、糸をとらないこともある)、あごの位置が安定していることを確認して退院となります。
外科的矯正治療 6.顎矯正手術
顎矯正手術には様々な方法があります。
上あごと下あごに用いられる手術の代表的なものを挙げたいと思います。
1.上あごの手術
上あごの手術の代表例として、Le Fort I型骨切り術という方法があります。
口の中から手術し、鼻の穴の横から横方向に骨を割って、上あごの骨を上や前方向に動かすものです。
上あごの位置に異常があるときや、下あごの手術だけでは十分に咬み合わせを改善できないときに下あごの手術といっしょに選択されます。
2.下あごの手術
下あごの手術には歯列を動かす手術と、あごの先を動かしたり、削る手術などがあります。
歯列を動かす手術として、
下顎枝矢状分割術と、
下顎枝垂直骨切術などがあり、あごを前に出したり、後ろに下げたり、上や下に動かしたり、様々な方向へ動かします。
あごの先の手術としてオトガイ形成術があります。
あごの先を前に出したり、後ろに下げたり、削ったりして形を整えます。
大部分のの手術は口の中から行いますが、大がかりな手術になる場合はその限りではありません。
切ったの後の骨の固定は、チタン合金のプレートや、吸収性のプレートがかなり多く使われています。
下顎枝垂直骨切術では切ったあとの骨と骨の固定は行いません。
吸収性のプレートは2年ほどで吸収されます。チタン合金のプレートは吸収されることはないですが、強度的には吸収性のプレートより高いです。
チタン合金のプレートを使った場合、医療機関によってあとでプレート除去を行った方が良いと説明を受ける場合と、そのままでも良いと説明を受ける場合があります。
どちらがいいかは医療機関からの説明を聞いて、ご自身で判断してください。
(私は取った方が良いのではと思っています。)
外科的矯正治療 5.入院前の検査
術前矯正治療が進み、顎矯正手術を行う目途が立つと、入院に先だって入院前の検査を行います。
矯正治療担当の歯科医院では、顎離断の手術開始の顎口腔機能に関する検査(外科的矯正治療 3.検査参照)を行います。
顎矯正手術担当の病院では、安全に麻酔や手術を行えるか、どのような手術を行うかの最終確認するために、血液の検査、肺の機能、心臓の機能、レントゲン写真などを検査します。この検査の時、ある程度の出血が見込まれる手術の場合、事前に血液を蓄えて出血に備える場合もあります。
これらのデータから、安全に手術ができるかどうかを検討し、必要な場合は手術の延期を決定します。また、手術の方法もこれらのデータから最終決定します。
外科的矯正治療 4.術前矯正治療
外科的矯正治療では、ほとんどの場合あごの骨の手術を行う前に術前矯正治療を行います。
ほとんどの患者さんは、ずれたあごの位置で咬めるように歯の傾きや位置がずれています。
これを手術前に修正し、手術であごを動かしたところでも咬めるようにするのが術前矯正治療です。
たとえば、顎変形症の受け口の患者さんの場合、上あごより下あごのほうが前にあるので、上の前歯は前に倒れ、下の前歯は内側に倒れています。
上の前歯を内側に移動し、下の前歯を前に倒します。
その際に、上の前歯を内側に移動させるためのスペースが足りないことが多く、上の第一小臼歯を抜歯することが多いです。
術前矯正治療が終了した写真です。
上の第一小臼歯を左右とも抜歯し、その隙間を利用して上の前歯を内側に移動しています。
下の前歯は前に倒しています。
その結果、上と下の前歯の先の距離は大きくなり、受け口の程度がひどくなって見えるようになります。
治療開始前よりかなり咬みづらい状態です。
術前矯正治療の変化です。灰色でぬりつぶした歯の位置からピンクに塗りつぶした位置に歯が動いています。
ちなみに、手術で下あごを後ろに動かすと、水色の位置で咬みます。
術前矯正治療にかかる期間はばらばらで、短いものは術前矯正治療なし、長いものは2年かかる場合もあります。
外科的矯正治療 3.検査
外科的矯正治療を行うのに必要とされる検査があります。
外科的矯正治療を受ける患者さんは、顎変形症という病気であると診断されます。
顎変形症の診断には、
・咀嚼筋筋電図(咬むときに使っている筋肉が出す電気信号の)検査、
・下顎運動(下あごの動き方)の検査、
・歯科矯正セファログラム(顔の骨を前、横から写したレントゲン写真で、毎回同じ撮り方で撮影するもの)、
・口腔内写真、
・顔面写真、
・歯型、
を分析して行うように定められています。
他の保険の矯正治療と違うのは、咀嚼筋筋電図と下顎運動の分析が必要なところです。
この検査は最低でも、治療開始前、あごの骨の手術のを開始した時、歯を動かし終わって保定を行うときに必要です(最大5回)。
この検査で、
「歯並びやあごの骨格が悪いだけではないのですよ(見た目だけではないですよ)。」、
「歯並びやあごの骨格が悪いせいで、咬む筋肉がうまく働けないのですよ(うまく咬めない)。」、
「歯並びやあごの骨格が悪いせいで、うまくあごを動かせないのですよ。」
というように、咀嚼障害という病的な状態であることを証明することになるのです。
これらの検査を行う装置は結構値が張るのですが、使う機会が少ないところが頭痛の種です。
外科的矯正治療 2.治療費負担、高額療養費、入院・通院特約
何度も繰り返していますが、外科的矯正治療における歯科矯正は、認可された医療機関でのみ保険で治療が行えます。
手術に関しても保険で治療が行えます。
しかし、保険で矯正治療を行えない医療機関で矯正治療を行うと、手術に関しても保険で行うことができません。
外科的矯正治療は自費の矯正治療と異なり、高額療養費の対象となります。
この高額療養費は、同じ月に同じ医療機関でかかった費用を世帯で合算し、自己負担限度額を超えた分について支給されます。
高額療養費の算定は以下の内容に基づいて考えられます。
・同じ月で算定する。7月15日から8月14日のように月をまたぐことはできない。
・多数回該当とは過去12か月間の間に既に高額療養費が支給されている月が3回以上ある場合をさす。
・同一の医療機関でのみ適用される。同じ病院の診療科でも歯科は別とみなされ、旧総合病院は診療科ごとに別とみなされる。
・同一の医療機関でも入院の自己負担と外来の自己負担は区別される。
・院外薬局の場合は、それと対応する病院又は診療所における療養に要した費用と合算する。
・入院時の食事療養、生活療養にかかる自己負担、保険適用外(自費)の費用は対象外となる。
高額療養費の算定方法は70歳未満と70歳以上で異なります。
外科的矯正治療を受ける患者さんはほとんどが70歳未満と思いますので、70歳未満の算定方法を以下に挙げます。
1. 高額療養費の基本的な算定方法
・上位所得者(被保険者の標準報酬月額が53万円以上)の場合: (10割相当医療費-500,000円)×0.01+150,000円
・一般(被保険者の標準報酬月額が53万円未満)の場合: (10割相当医療費-267,000円)×0.01+80,100円
・低所得者(市区町村民税の非課税者等)の場合: 35,400円
2. 多数該当(過去12か月間の間に既に高額療養費が支給されている月が3回以上ある場合)
高額療養費支給の4回目以降は自己負担額がさらに減額されます。
・上位所得者(被保険者の標準報酬月額が53万円以上)の場合: 83,400円
・一般(被保険者の標準報酬月額が53万円未満)の場合: 44,400円
・低所得者(市区町村民税の非課税者等)の場合: 24,600円
3. 同一世帯で同月内に自己負担額が21,000円以上となった被保険者や被扶養者が2人以上いる場合
自己負担額を合算して1.2.の自己負担限度額を超えた場合も払い戻されます。
一般的な外科的矯正治療患者さんの場合、1.の対応となります。
例として、10割相当医療費が100万円(3割負担の場合、高額療養費の適用がなければ30万円の自己負担)の場合、
上位所得者は15万5000円となり14万5000円の軽減、
一般は8万7430円となり21万2570円の軽減、
となります。
高額療養費の申請をする場合は、
入院前に、国民健康保険の場合は市町村役場、全国健康保険協会(協会けんぽ)の場合は全国健康保険協会の各都道府県支部、勤め先の健康保険組合に高額療養費限度額適用認定証の申請を行なってください。
交付された認定証を医療機関出せば、自己負担限度額の支払いだけで済みます。
事前に申請していなければ、窓口で高額療養費の支給額と自己負担額を合わせた費用を一旦支払い、後で高額療養費を請求することになります。
負担軽減として、他に忘れてはいけないのが入院特約、通院特約です。
外科的矯正治療は対象になりますので、しっかり請求しましょう。
外科的矯正治療の場合、保険適用、医療費控除、高額療養費、入院・通院特約を組み合わせると、自己負担はかなり軽減されます。
ぜひ請求忘れがないように、しっかりと負担を軽減してください。
外科的矯正治療
かみ合わせの改善で、骨格的な異常が大きく歯の移動だけでは改善できない、改善が困難、もしくは改善ができても安定が望めないとき、外科的矯正治療を行うことがあります。
外科的矯正治療とは、歯の矯正治療とあごの骨の手術(顎矯正手術)を組み合わせた治療です。
以前にも述べましたが、外科的矯正治療は都道府県で認可された医療機関で矯正治療と顎矯正手術を受ける場合は保険が適用されます。
一般的な治療の流れとして、
1.初診
2.検査(写真、レントゲン、歯型、あごの動きの検査、あごの筋肉の筋電図検査)
3.診断、治療計画の立案
4.手術前の矯正治療
5.手術直前の検査
6.入院、手術
7.手術後の矯正治療
8.矯正装置の撤去、保定(咬みあわせを落ち着かせる治療)開始時の検査
9.保定終了
10.経過観察
の順に治療が進みます。
この治療方法は書き始めれば長くなるので、何回かに分けて書いていこうと思います。
できるだけすぐに矯正治療を行いたいこどものかみ合わせ 2
すぐに矯正治療を行いたいこどものかみ合わせの2回目です。
こどもの受け口の場合、歯の傾きの異常によるものが多いです。
この患者さんは上の前歯と下の前歯で咬むことができます。
しかし、いつも咬んでいるところで咬んでもらうと、写真のように下の前歯が前になるように咬みます。
この状態を長期間放置するとどのようになるでしょうか。
上の図は長期間放置した場合の変化を表した模式図です。
左の黒の線が、咬むときに前歯が当たった時の状態。
左の青の線が、前歯の影響を考えないで咬みこんだときの状態です。
そのまま咬みこむと上の前歯と下の前歯が重なっています。
実際にはこのように咬むことができませんので、前歯をずらして咬むようになります。
真ん中の赤の線が、下の前歯が前にずれて咬みこんだときの状態です。
下あごは前にずれますので、あごの関節は本来の位置より前にずれます(矢印の方向)。
この状態を長く続けると、下あごの骨は本来の位置に関節を戻そうとするように形を変化させます。
右の緑の線が、下の前歯は前にずれたところで咬み、下あごの関節は本来の位置に戻った状態です。
結果、下あごの骨は赤の線から緑の線に大きくなってしまいます。
歯の傾きの異常による受け口が、下あごの骨の大きさや形の異常、つまり骨格的な異常による受け口になってしまいます。
一度大きくなってしまった骨は元に戻すことは、手術をしないかぎりできません。
このように上下の前歯の先で咬める受け口は、なるべく早期に治療することが必要になります。
上の患者さんの現在の状態です。
まだ治療中ですが、最初の時に比べ前歯のかみ合わせが改善し、下あごが後ろにさがりました。
こどもの受け口は早期に治療すれば良好な結果が得られることが多いですので、気付いた時にはぜひ相談してください。
できるだけすぐに矯正治療を行いたいこどものかみ合わせ 1
お母さんからお子さんのかみ合わせの相談を受けるとき、すぐに治療を始めた方が良いのかどうかを良く聞かれます。
すぐに矯正治療を行いたいこどものかみ合わせについて書きたいと思います。
こどものかみ合わせを見るとき、
・骨の大きさや形が悪いのか、
・咬みこむときに上の歯と下の歯の当たり方が悪くて、あごをずらして咬んでいるのか、
・歯並びに関係するくせがあり、すぐに取り除いた方がよいかどうか、
・かみ合わせが悪い場合、一時的に悪く、時間が経てば改善するのかどうか、
・どの時期にかみ合わせのどのように改善すれば良いか、その上でいつ治療を開始すればよいか、
などについて考えています。
これらを考えるときに、できるだけすぐに矯正治療を始めた方が良いですよと答えることが多いのが、
咬みこむときに上の歯と下の歯の当たり方が悪くて、あごをずらして咬んでいる場合です。
成長期のお子さんでは、身長が伸びるときに手足の骨だけでなくあごの骨も大きくなっています。
人間の骨は生活している環境に合せて、骨の形や強度を変えていきます。
上の写真は左の奥歯が反対に咬んでいる患者さんです。
この患者さんは少し口をあけると、上の歯の真ん中と下の歯の真ん中が合いますが、
咬むときに左の上の奥歯と下の奥歯が変なふうに当たり、下あごを左にずらして咬んでいます。
咬むたびにあごを左にずらしているので、下あごの骨には左にずらせよう、ずらせようという力がかかっています。
下あごの骨はこの左にずらせようという力に対応して骨の形を作り変えようとしますので、長期間放置していると下あごの骨は左右でずれた形に変わってしまいます。
そのため、小さなお子さんであごをずらして咬んでいる場合は、下あごの骨の形が変わってしまわないように早期に矯正治療を行うことが必要です。
上の写真の患者さんはまだ3歳でしたが、すぐに矯正治療を開始して上の歯並びを少し広げました。
治療後の写真です。
上の歯の真ん中と下の歯の真ん中が合い、あごをずらして咬むことがなくなりました。
こどものかみ合わせの異常の多くはしばらく様子を見ていても大丈夫ですが、中にはすぐに始めた方が良い場合がありますので注意が必要です。
親知らずと歯根吸収
2010年11月12日のブログで親知らずと骨折について書きました。
今回は親知らずと歯根吸収についてです。
歯根吸収は歯の根っこの部分が溶かされたり、短くなったりすることです。
矯正治療中に根っこの先が短くなることがしばしばありますが、埋まっている歯の方向が悪くて、埋まっている歯のエナメル質が隣接する歯の根っこに当たると根っこを溶かす場合があります。
上のレントゲンは下の左右の親知らずが斜めを向き、前の第二大臼歯の根っこにあたっている患者さんのものです。
親知らずと第二大臼歯の部分だけ拡大します。
矢印の親知らずと第二大臼歯の重なった部分、第二大臼歯の根っこが横から溶かされています。
ここまでくると、親知らずを抜いても第二大臼歯が元に戻ることはなく、歯が長く持たないので第二大臼歯を抜歯し、親知らずを第二大臼歯のかわりに使うことにしました。
左の第二大臼歯を抜歯した後です。右はこの後に抜きました。
矯正治療で親知らずを前に動かし、上の歯と咬ませました。
この患者さんの場合、高校生ぐらいで歯科医院を受診して、親知らずのレントゲンを撮る機会があれば、親知らずを抜く方法を選択したかもしれません。
でも、訴えもなければ親知らずのレントゲンをわざわざ撮ることもできないのから仕様がありません。
行政が決断して、小中高校生くらいの健康診断でパノラマ撮影をルーチンに導入してくれればいいなー。
埋まっている親知らずは、自覚症状がなくてもこのような悪影響を及ぼすことがあります。
親知らずが生えていない人は、どこか記憶の片隅にでも入れていただければ幸いです。(親知らずが最初からない人は別ですが。)