作用・反作用
矯正治療は力のかかり方などの物理学的な要素が生体に作用し、生体が適応することで歯の位置やあごの骨が変化していきます。
特にマルチブラケット治療では、
動かしたい歯が動かしたい方向に動き、
動かしたくない歯はその場にとどまるように
知恵をしぼって治療しています。
その時に重要になる物理的な考えが作用・反作用です。
作用・反作用とは簡単に言うと、手で物を押した場合、物には手からの力が加わり、手には物からの力が加わります。
手から物に加わる力と、物から手に加わる力が等しければ物は動きません。
手から物に加わる力が大きいと、物は手が押す方向へ動きます。
マルチブラケット治療の場合、奥歯と前歯で引き合うことが多いのですが、前歯をしっかり動かしたいときは奥歯がなるべく動かないように考えます。
前歯(赤)を内側に動かす時に奥歯(青)と引き合った場合、前歯は内側に動きますが、奥歯も前に動きます。
このときの動きで、前歯が内側に動くのが作用、奥歯が前に動くのを反作用と呼んでいます。
ここで、前歯を一気に動かすのではなく、最初に犬歯(赤)、犬歯が十分動いてから残りの前歯(ピンク)を動かした場合はどうでしょう。
このときも奥歯は少しは前にきますが、前歯全体を一気に動かす時に比べて十分に前歯を内側に入れることができます。
矯正歯科医はこのように前歯を内側に入れるときにどこまでだったら奥歯が前にきても大丈夫かを考えながら治療しています。
前歯をたくさん動かさなければならない人ならほとんど奥歯が動かないように考えなければなりません。
そういった場合、治療期間が長くなります。
最近ではインプラント矯正が普及し、奥歯が前に動くことなく一気に前歯を動かせるようになってきています。
治療技術の進歩によって、今後もっと治療期間が短くなるかもしれませんね。
モジュール
マルチブラケットにワイヤーを留めて、歯を動かしますが、
ワイヤーに留めるときに使うゴムをモジュールと言います。
昔はできるだけ矯正装置が目立たないように、モジュールの色にも気を付けていましたが、最近はモジュールの色をカラフルにして楽しまれる方も増えています。
上の見本はTP Orthodontics Japanから貰った色見本です。
たくさんの色がありますが、人気色、不人気色がまったく分かれるので、一部分の人気色しか置かないようにしています。
色つきのモジュールを入れるとこんな感じになったりします。
好きなチームのカラーを使ってみても面白いかもしれませんね。
(阪神だと黄色と黒とか、巨人だと白、黒、オレンジとか、サッカーのアルゼンチンだとライトブルーと白とか・・・)
認定医
私は日本矯正歯科学会に加入しています。
この日本矯正歯科学会は認定医制度を持っていて、
ある期間矯正治療の研修をして、論文を発表し、認定医の症例審査と試問に合格すると認定医として登録されます。
医科・歯科ともに多くの認定医、専門医制度がありますが、多くは広告上に認定医、専門医を表示できるように厚生労働省から許可されています。
しかし、矯正の認定医、専門医はまだ厚生労働省から許可されていませんので、インターネット上を除き、新聞、雑誌、電話帳、看板などに広告として掲げることができません。
早く掲示できるようになるといいのですが・・・
治療期間の認識の違い
矯正治療は年単位の治療となります。
子供の治療の場合、顔を形作るあごの骨の成長も考えながら治療するので、早く治療を始めても場合によっては20歳ころまで治療が必要になることがあります。
さて、みなさんが矯正治療の期間を考えるとき長い、短いを判断するのはどの期間のことを考えて判断されているのでしょうか?
子供の例をあげてみると
1.治療計画を立て、
2.装置を装着して歯やあごの位置を整え、
3.装置を外して成長の様子を見守り、
4.あごの成長が見通し付いて、マルチブラケット装置を装着してかみ合わせを整え、
5.マルチブラケット装置を撤去して保定を始め
6.保定を終了して経過観察し、
7.治療を終える
良くあるケースは上のような流れになります。
1から7までを考えて治療期間が長すぎると考えられると、こちらも困ってしまいます。
たとえば、ある患者さんが1~7までの治療期間で10年かかったとします。
矯正治療的には妥当な治療期間であったとします。
その患者さんが他の矯正治療を希望している患者さんに「10年かかった」と言った場合、
矯正治療を希望する患者さんが、1~7の期間で10年かかったと理解してくれれば良いのですが、
2~5の期間、もしくは5の期間だけで10年かかったと思われて、治療をするのをためらわれることがあるとしたら。
矯正治療を希望している患者さんにとって不利益かなと考えます。
できれば、矯正治療を経験されたかたは他のかたに治療期間の話をされる場合は、治療はどのように進行し、どの期間が何年といったように説明していただければ幸いです。
障害者自立支援医療
障害者自立支援法という法律があります。
その法律の目的は「障害者及び障害児がその有する能力及び適性に応じ、自立した日常生活又は社会生活を営むことができる」ようにすることとなっています。
つまり、障害のある方に対し、医療、介護、就労支援などのサービスを提供し、自立して日常生活を送れるようにするものです。
歯科に関連するものとして、音声、言語、そしゃく機能障害を有する患者さんに対して医療費の補助を行っています。
矯正治療に関しては、音声、言語、そしゃく機能障害に歯列不正が関与し、咬合の改善が障害の改善に有効であると認められる場合には補助の対象となり、治療費の自己負担額が抑制されます。
特に、矯正治療が自立支援医療の対象となる最たる例が唇顎口蓋裂患者さんの矯正治療です。
この法律が適用される医療は原則1割自己負担で、世帯の所得額に応じて月当たりの自己負担額に上限が設定されています。
・生活保護世帯の方なら、0円
・市町村民税非課税世帯で障害基礎年金2級(月6.6万円)のみ受給程度の収入の方なら、2,500円まで
・市町村民税非課税世帯の方なら、5,000円まで
育成医療(18歳までの医療)についてはさらに負担額の上限が設定されていて、
・市町村民税課税で市町村民税額(所得割)が2万円未満の世帯の方なら、10,000円まで
・市町村民税額(所得割)が2万円以上20万円未満の世帯の方なら、40,200円まで
となっています。
障害者自立支援医療の申請には、障害者自立支援医療申請書(保険所にあります)、医師・歯科医師が記載する障害者自立支援医療意見書、健康保険証(カードタイプの場合、世帯全員の住民票と保険証も合わせて必要)、市町民税の課税証明書、印鑑が必要です。
障害者自立支援医療による医療給付は、市町村で認可を受けた保険医療機関でのみ受けることができます。指定をうけているかどうかについては各医療機関にお問い合わせください。
保険で矯正治療が可能な医療機関
歯科治療を受けるとき、一般的には保険医療機関でなら保険で治療することができます。
この保険医療機関は申請を行い、認可がおりてはじめて保険で診療をすることができます。
そのため、保険医療機関の申請を行っていない、認可を受けていない、認可を取り消された医療機関では保険診療はできません。
では、保険医療機関の認可を受けている歯科医院において、保険での治療を認められているすべての診療を保険で治療することができるのでしょうか。
答えは条件付きで保険診療が可能です。
保険診療にはある設備や体制を整えた医療機関でのみ保険で診療することができる特別な治療があります。
その治療に関わる保険料を特掲診療料といいます。
矯正の特掲診療料には歯科矯正診断料と顎口腔機能診断料があります。
歯科矯正診断料、顎口腔機能診断料ともに、厚生労働大臣が定めた施設を備えた保険医療機関が申請を行い、認可された場合に算定することができます。
歯科矯正診断料は、唇顎口蓋裂、ダウン症候群、クルーゾン症候群など先天異常やシンドロームによる咬合異常に係わる保険点数で、この算定に関わる診療を行い、算定しないとその後の矯正治療ができません。
この施設基準は常勤の矯正治療を行う歯科医師がいて、セファロ撮影の装置があり、手術を行う場合は手術を行う医療機関と提携していることが必要となります。
早い話が、セファロ撮影装置がないと歯科矯正診断料が算定できませんので、そのような医療機関では唇顎口蓋裂、ダウン症候群、クルーゾン症候群など先天異常やシンドロームによる咬合異常の患者さんを保険で治療することは不可能(自費なら可能)になります。
顎口腔機能診断料は顎変形症患者さんに関わる保険点数で、この算定に関わる診療を行い、算定しないと顎変形症患者さんの保険を使った矯正治療ができません。
この施設基準は常勤の矯正治療を行う歯科医師と、常勤の看護師または衛生士がいて、セファロ撮影の装置、下顎運動検査機器、咀嚼筋筋電図検査機器があり、手術を行う医療機関と提携していることが必要となります。
上の歯科矯正診断料の施設基準よりさらに厳しくなり、セファロ撮影装置のみならず、下顎運動検査機器、咀嚼筋筋電図検査機器まで揃えないと顎口腔機能診断料が算定できません。そのような医療機関では顎変形症の患者さんを保険で治療することは不可能(自費なら可能)になります。
ここで、問題になってくるのが、矯正治療を行う医療機関が顎口腔機能診断料の認可を受けていない医療機関で、手術は別の医療機関で行う場合、矯正治療は保険がきかないですが、このとき手術についても保険で行うことができなくなります。保険で手術できないとなると、高額療養費の適用も受けられませんので、自己負担となる治療費総額は莫大なものとなります。
矯正専門で開業している医療機関は歯科矯正診断料の認可を受けている医療機関が多いですが、顎口腔機能診断料に関しては検査機械がかなり高額になるため申請をしていない医療機関もあります。
また、一般歯科で開業されている医療機関で、看板に矯正歯科を掲げている場合でもセファロ撮影装置を備えていない医療機関が多いです。
唇顎口蓋裂、ダウン症候群、クルーゾン症候群など先天異常やシンドロームによる咬合異常や、顎変形症の患者さんで保険での矯正治療を希望される場合は歯科矯正診断料と顎口腔機能診断料の算定できる医療機関に通院してください。
早期の矯正治療
新生児は先天疾患がない状態ではほぼ正常な骨格と言えると思います。
そこから歯が生え始め、食事の取り方、癖、もともとの遺伝的な成長の様相などの影響を受け、ある子供は正常咬合、ある子供は少し歯列不正があるかなという程度の咬合、ある子供は重度の不正咬合へと変化していきます。
上の図の2つの赤のラインを見てください。
どちらも最初は正常咬合の範囲に入っています。
そこから成長するに従って軽度歯列不正に変化します。
これは咬み癖だったり、生え換わりの時に歯の傾きが悪かったり、あごの発育が悪かったり、原因は様々です。
ここで、早期に治療を開始すればその後の成長は多くの場合正常な方向へ変化します。
不正の程度は重度な方向に進むことは少なくなり、場合によっては正常咬合に変化するでしょう。
では早期に治療を行わない場合どうなるでしょうか。
下の赤のラインは同じように最初正常咬合の範囲に入っています。
それから軽度歯列不正、重度歯列不正に変化します。
重度の歯列不正になると、そこから正常咬合に変化させるにはそれなりに治療が複雑になりますし、装置装着に期間が長くなりがちになります。
場合によっては手術の選択が必要となるでしょう。
癖や生活習慣が不正咬合に関わっている場合は子供のときに改善するのに比べて大人は改善しにくいです。
後戻りのリスクも増えるでしょう。
早期の矯正治療は不正咬合につながる要因を早期に取り除くことで、その後の変化を正常な方向へ誘導することが容易になります。
なるべく負担をかけずに正常な方向へ導くため、子供のかみ合わせの異常に気が付いたらすぐに歯科医師に相談してください。
咬むことの重要性
木曜日、定休日です。
しかし仕事をたくさん残っているので休日出勤です。
宮崎は薄曇。
昨晩の「ためしてガッテン」で咬むことの重要性について放送されていました。
以前このブログでも述べました歯根膜の感覚受容の話から、
さらに咀嚼が脳の活性化につながるという話まで、
なかなか面白い内容でした。
実際、眠い時はガムを咬んだりしていると少し眠気がおさまります。
どんな咬み応えの食材でもしっかりと自分の歯で咬めることは重要です。
学生時代、咬める入れ歯を手に入れた患者さんが何でも食べることができると喜んでいたことを思い出します。
自分の歯で何でもずっと食べられるようにするには虫歯や歯周病にかからず、しっかりお口の中を保つことが必要です。
皆さんのお口の中が良い状態で保たれますようにと思います。
(できれば定期的にお口の手入れを受けてくださいね)
あなたの顔は対称ですか?
久しぶりに顔の話です。
ほとんどの人の顔はよくよく眺めてみると左右で微妙にずれています。
そのずれが大きい人もいれば、ほとんど気付かないぐらいの人もいます。
矯正治療であごのずれが大きい場合、かみ合わせを整えるのに工夫が必要になります。
この左右のずれは、先天的な異常を除けば多くは生活習慣などでずれが生じているものが多いです。
上の写真は宮崎在住の肖像権の心配のいらない某矯正歯科医の顔です。
この素材を使ってどこがずれているか見てみましょう。
写真のコピーや焼き増しを用意します。
写真はなるべく正面から真っすぐ撮ったものが良いです。
証明写真などが最も良いと思います。
その写真の上に、眉間、目尻、鼻の頭、上くちびるの真ん中、下くちびるの真ん中、口角、えらの部分に点を打ちます。
えら、あごの先は顔にシールを貼ってから写真を撮るとわかりやすいです。
つぎに眉間から鼻の頭を通る線を引きます。これは顔の真ん中の基準に使いますので、あごの下まで真っすぐ引いてください。
左右の目尻を結んだ線、左右の口角を結んだ線、左右のえらを結んだ線を引きます。
最後にえらとあごの先を結んだ線を引いてください。
某矯正歯科医の顔は左側の目尻からえらまでの距離が小さくなっています。
あごの先は顔の真ん中より左側にずれています。
くちびるはやや左上がりになってます。
このように顔写真に線を引いてみるとずれていることが良くわかります。
みなさんも自分の顔をながめて、左右差が大きくないかどうか確かめてみてはいかがでしょうか。
大きくずれている場合は何か癖がないか(片方で咬む、頬杖、背筋が曲がっているなど)チェックしてみてください。
矯正治療の実習
歯学部や衛生士専門学校の学生は実際に患者さんの治療に携わる前に、人の口の中を模した模型を使って様々な手技を学びます。
この模型、学ぼうとする手技に合せて様々なバリエーションがあります。
矯正治療は装置の製作もさることながら、その装置を使ってどのように歯を動かしていけばよいかを学ぶことが重要になります。
この歯を動かすということを考えて、矯正治療用の模型(この模型をタイポドントと呼んでいます。)は歯ぐきの部分がワックスで作られたものを使用しています。
上の写真はマルチブラケットの学習用に使っています。
使い方は、学習したい装置を装着し、タイポドントを適切な温度のお湯に浸けます。
するとワックスが熱でやわらかくなり、針金の力のかかり具合に合せて歯が動きます。
歯が動いたところで、お湯からタイポドントを引き上げて、少しワックスを冷ましてから再び針金などの調節を行います。
これを繰り返して、どのように調節すればきれいな歯並びが得られるかを学習していきます。
この矯正治療用のタイポドント用ワックスは様々な不正咬合の状態のものが販売されています。
また、矯正以外にもどのような模型があるのかを見るのも楽しいかもしれませんね。
補足)歯科実習用の模型は英語でTypodont(タイポドント)と呼ばれていますが、日本ではなぜかワックスでできた模型のみタイポドントと呼び、その他の実習模型は模型とか、実習模型と呼んでいます。なぜなんでしょうね。